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三田村近況090818

こんにちは!

まだ駆けることまでは無理ですが、人に気付かれず歩くことはできるようになり、さあ仕事復帰と張り切っていますが仕事がありません。
不安を消すため、裏庭(といっても1.5坪くらい)を木のテラスにしていたのですが、傷んできたので張り替えることにしました。親方が材木を20枚、出歩けないボクのためにホームセンターで買って届けてくれました。
さっそく古いものをはがし、5時間かけて新品に作り替えました。さすがに庭作りを10年近くやって来た甲斐があり、女房をあっと言わせることに成功しました。

ところで、高校時代同期だった小林標氏(大阪市立大学名誉教授)が本を出すことになったそうで、それを紹介してくれた文章が届きました。「三田村組」のことをとても良く書いてくれているとのことで、同期会ブログにあったものを紹介します。



お芝居と私
今度,中公新書から『ローマ喜劇 知られざる笑いの源泉』という本を出すことになった.

 すると,その予告を見た同期会ブログ編集部の6組佐藤さんが,紹介文を書いてくれと言うのである. このブログを自著の宣伝の場にするのは本意ではない. しかし,中身をある程度紹介することで,別に本を買わなくたってその分野への関心を持って頂けるかと考えた.

ローマ喜劇と言うのは,紀元前3世紀から2世紀にかけてラテン語で書かれ上演された喜劇のことで,プラウトゥスとテレンティウスという二人の劇作家の作品だけが計26篇残っている.
 悲劇のみならず喜劇も古代ギリシアで始まったのであるが,最初は実在の有名人物や実際の政治などを扱った時事性の強い作品,言い換えるなら普遍的性格に乏しい劇であった. 時代が下がるにつれて普通の名もない庶民の事件や喜怒哀楽を扱う,時代を超えて通用する性格の作品が作られる.

 そのような題材をそのまま受け継いだのがローマ喜劇であって,お師匠格のギリシアの作品はほとんど残っていないから,プラウトゥスとテレンティウスの作品が事実上西洋の演劇の祖先となっているのである.

 ところで,彼らの作品の解説をすることでローマ喜劇を紹介するのが本書の全目的なのではない. 私の念頭に同時にあったのは,ローマ喜劇の歴史と日本の新劇の歴史とのアナロジー(外国の優れた文化遺産を自国に紹介し根付かせようとする努力,あるいは苦闘)であった.

 ちょっと話題はそれるのであるが,去年の9月18日に,まだ本書の執筆中であった私は,このブログに一文「中村方隆氏のこと」を投稿している. 中村方隆氏とは,三田村組の2007年春の公演『猿股のゆくえ』に重要な役で出ていた人で,それを最後の舞台として癌で亡くなっている. 私は30年以上前に中村氏の出演作をいくつか見ていたので,『猿股のゆくえ』の終演後彼と長く話し合い,当時執筆中のこの本のことも話していた. それなのに彼には贈呈することができなくなったのが投稿の動機であった. その一部は以下のようである.  

 「私はいつも『こんな本を書けるのは世界でオレ一人だ』と考えていた. 随分傲慢に聞こえると思うがそれは,紀元前3世紀2世紀のローマ人劇作家の活動史が私には日本の新劇の歴史と二重写しで見えているということなのである. 要するにそれは,苦闘の歴史である. 中村(方隆)氏は,一時俳優活動を諦めて就職もしたのだがまた劇場に戻ったのだと私に打ち明けていた. 植木職人として働きながら年に数度自主公演を打つ三田村(周三)君の活動も,私には感嘆という言葉しか思い浮かばせない. 日本の献身的演劇人の味わう苦労が目の前に見えているのだ. プラウトゥス,テレンティウスという二人のローマ喜劇作家の活動を記述するとき,彼らの味わった苦労は私には日本の演劇人の苦労と重なってしまう. ローマ喜劇についてそんな風に書ける人間は他にはいないだろうと,つい私は人知れずイバッてしまうのである」   


 実は,私の高校同期生には三田村周三さんの他にもう一人演劇活動を続けている人がいる. 南高に転校する前にいた高校(北見北斗)での同級生の佐々木梅治さん. 彼は大学卒業後劇団民芸に入り,かなり長く所属していたが今はフリーになっているらしい. そして,井上ひさしの『父と暮らせば』を一人芝居として,各地で上演しているのだそうである. 長くお会いしていないが,様々な困難と向き合いながらの活動であろうことは想像できる.

 私は演劇には素人で,単なる観客である. しかし,日本の演劇人の献身的活動は否応なく脳裏に刻まれる.
そのような意識を持って読むと,2000年以上前の異国の劇作家が書いた言葉の印象も異なってくる. プラウトゥスもテレンティウスも,作品の前口上で「最後まで静粛に言葉を聞き取ってくれ」と観客に懇願し,工夫を凝らして笑いの場を作る. 彼らを文学史の一部として,「文学者」として見る通常の古典学者の仕方ではなく,常に人気を気にし,客を呼び込み,喝采を受けるために苦闘を続ける「劇場人」として見ること,それが私の出発点であった. そんな書き方がどのような受け止め方をされるか,それは分からない. 本が出てからのお楽しみである.

8月25日発売だそうだ.

 今年の10月には,三田村組の公演が又ある. その作『Home』の作者は『猿股のゆくえ』と同じで田村孝裕氏である. 田村氏のことは名前も知らない人であったのだけれど,実は劇作家・演出家として商業劇場や新国立劇場へ進出している人であることを最近知った. また,前の三田村組公演での作者の一人であり,来年も新作の上演を予定している蓬莱竜太という人も来年は新国立劇場への新作執筆依頼がされているようである.

漸く気づき始めたのであるが,三田村組というのは,たとえ無名であっても将来有望な新進作家と営々と共同作業を続けてきた存在なのだ,ということである. 私は『Home』は見に行くつもりである. しかし,同期会の集団観劇日ではなく,10月4日のマチネになると思う.   


『ローマ喜劇 知られざる笑いの源泉』
    中公新書2016

著者; 小林  標(こずえ)

出版社; 中央公論新社

価格; 987円(税込み)




at 15:02, 三田村 周三, 三田村 周三

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