<< 【「父との夏」によせて】三田村周三インタビュー | main | 良いお芝居を観るということ >>

今こそ、戦争について考える

戦後70年とさかんに言われております。

僕は1944(昭和19年)敗戦の前年に生を受けました。そのころから太平洋のあらゆる戦線で敗退し、本土に空襲が、そして沖縄が全滅、東京大空襲、広島・長崎に原爆が投下され、敗戦を迎えました。そして平和憲法を頼りになんとか70年同じ過ちを繰り返さずやってきました。 

昨年から今年にかけて、日本は大きく、ふたたび戦争への舵を取り始めました。 僕

等が育った戦後とは、すべて経済優先で突っ走り「国としてどうあるべきか」という議論を積み重ねて来なかったため、日本人の国際感覚は欠如してしまいました。 

あの大震災が起こって、全国民が原子力の恐ろしさを70年ぶりに思い起こしたと思った4年後には、再稼働が平気で政府の方針になり、オリンピック招致では、福島の水は「完全にコントロールされている」などと世界中に臆面のないウソをつき、自衛隊を「わが軍」と呼ぶ狂気の総理を、誰も引きずり下ろせない! 

こんな今の日本にあって、陛下は一貫して先の戦争を忘れてはならないと、あの御年で慰霊の旅を続けておられます。 
僕も同じ日本人として、あの戦争を生き残り、僕等を育ててくれた親たちのためにも、戦争についてまったく知らずに育った昭和、平成の若者に語っていかなければならない。 
それが同時代に生きて、創造行為をしている者の責任だと思っています。 

「父との夏」。

戦争はお腹が減るものだということ、おにぎり一個の大切さを今こそ共有したいです。 
今恐ろしいのは、どんな悪法だろうが、サンゴを破壊しようが、自民党が沖縄で完全に敗れようが、圧倒的な議員数ですべて“粛々と”やるというのだからたまったものではない。

そして庶民は皆、選挙というものを諦めてしまった。 
こうなると、我々が戦後民主主義と考えた少数の異なる意見も耳を貸し、議論していけるような、弱者も仲間にしていけるような社会というイメージは、もはや数の前に何の力も持たない。

 我々日本人はいつでも、自ら見放した素晴らしい文化や伝統が、外国に評価されてから慌てて取り戻そうとするけど、我々はたくさん素晴らしいものを創っています。
それを今一度、皆で観ようではありませんか。 

「父との夏」どうかもう一度、三田村にやらせて下さい。 
この度、三田村組再始動の起爆剤にと、クラウドファンディングを立ち上げました。
良い芝居です。でも、僕一人ではできません。 

劇場、照明、音響、舞台装置、美術、宣伝、衣装、事務所費、稽古場代……と、本当に一本のお芝居にはお金がかかります。
どうか、どうか、三田村に支援を!

at 14:43, 三田村 周三, 三田村 周三

comments(0), trackbacks(0), - -

comment









trackback
url:http://blog.mitamuragumi.com/trackback/1488439